2015.05.01
2014年度報告書 第1章 基本理念
東京港区のベイエリア、竹芝地区にデジタル・コンテンツの街を創る構想、CiP(Contents Innovation Program)が本格稼働する。東京都の土地を活用する東急不動産・鹿島建設の事業で、慶應義塾大学が企画運営に参加する。推進母体となる一般社団法人「CiP協議会」を設立し、研究開発、人材育成、起業支援、ビジネスマッチングを推進、東京オリンピック・パラリンピック直前の2019年度を目途に街開きする計画である。
1−1 創造力とデジタル
富国強兵に踏み出して以降100年余、敗戦で強兵の看板を下ろした日本は、産業の発展という富国政策に邁進した。それはアジアの奇跡と称される成功を収め、1990年代初頭には、日本の国際競争力は世界一とされていた。
しかし、その10年後には20位に急落、その後15年間、トンネルを抜け出していない。富国の看板も色あせた。だが、富国強兵後の日本もまた面目を保っている。
文化大国としての輝きである。
日本の流行文化=ポップカルチャーは世界中で高い人気を誇り、デジタルメディアを通じて海外に発信するコンテンツは日本の創造力を証明している。それは伝統文化や古典芸能とも地続きのものであり、戦後70年の平和主義や、311の震災時に日本社会が示した礼儀・秩序ともあいまって、トータルとして国際政治論にいう「ソフトパワー」を発揮している。
無論、産業界が培ってきた技術力、ものづくり力が失せたわけではなく、それらハード面の力と、コンテンツなどのソフト面の力との総合力が今の日本の資源である。
「最もクリエイティブな国はどこか」。Adobe社の先進主要国向けアンケートでは、英9%、仏11%、独12%、米26%を抑え、日本が36%と図抜けた首位を示した。同じく、「最もクリエイティブな都市は」という調査に対しては、ベルリン7%、ロンドン8%、パリ15%、NYC21%を抑え、東京が30%であった。世界は日本の、東京の創造力を認めている。
だが、同じ調査で、「自分の国はクリエイティブか」という問いに対し、日本が圧倒的な最下位を示した。われわれは、自らの創造性を認識しておらず、その力を発揮できていないのではないか。
50年前の東京オリンピックで、日本は復興と成長の姿を見せた。次に来るオリンピック・パラリンピックで、東京は、日本は、どのような姿を表そうとするのか。
デジタルは次の姿を示す柱となる。人類に残されたフロンティア領域としては、宇宙・海洋、バイオ、ナノ、そしてバーチャル空間が挙げられる。中でもバーチャルを構成するデジタル分野、すなわちIT=情報技術とコンテンツ=表現は、今後も成長・発展余地が大きく、かつ、日本はその技術・表現の面では力を証明済みである。
政府は過去10年来、コンテンツ立国及びクールジャパンを標榜し、コンテンツ産業の成長に期待してきた。マンガ、アニメ、ゲームなど海外でのポップカルチャー人気は定着した。だが、産業としては十分な成果を上げていない。この数年、コンテンツ市場は停滞しており、産業に締める海外売上比率はアメリカに比べ大きく劣る。
デジタル・コンテンツ分野に資源を集中投下し、海外展開に力を入れるべきである。
CiP(Contents Innovation Program)は、デジタルとコンテンツの産業集積地を東京・港区竹芝地区に構築する構想である。Cコンテンツ、iイノベーション、Pプログラム。コンテンツで社会を革新する。言い換えると、Cクリエイティブ、iイノベーティブ、Pポップ。内外から資源を集め、集中投下し、新しい産業文化を生産・発信する場となる。
だからといって、目指すはハリウッドやシリコンバレーではない。ハリウッドやシリコンバレーの強みは、超一流のアーティスト、ギーク、そしてビジネスエリートの集積だ。これに対し、日本の強みは、高度な技術力・表現力に加え、正確で勤勉な大勢の職人の存在、さらに、コミケ、ニコ動、カラオケ、コスプレ、ゆるキャラ、B級グルメなど、みんなが参加して生産し、消費される猥雑で混沌とした産業文化力である。これを活かし、増殖炉となる。
1−2 デジタル・コンテンツ
マンガ、アニメ、ゲーム、そしてJ-Popに代表される日本のAV文化は、世界のポップカルチャーの一翼をなす。デジタル・コンテンツの集積拠点としては、この分野に注力することは当然だ。その制作、連携、発信の機能を充実させることは説明を要しない。
だが、2020年代のコンテンツはそれが主役であるとは限らない。
この分野は、過去5年で様変わりした。「スマート化」である。デバイスはTV、PC、ケータイからスマホやサイネージなどを含むマルチスクリーンとなった。パッケージからネットワークへ、さらにクラウドへと移行し、世界が単一市場となった。サービスはソーシャルメディアの成長が著しい。
コンテンツビジネスは、マルチウィンドウとクラウドでボーダレスなビジネスになり、アニメの海外配信を筆頭に、音楽のライブ展開、放送番組の輸出、そして食やファッションなどとの連携が注目を集めている。ソーシャルサービスに参加型コミュニティが形成されて、ソーシャルゲームが一大産業になり、みんながコンテンツを生み出している。
このマルチスクリーン、クラウド、ソーシャルという、メディアを構成するデバイス、ネットワーク、サービスの3要素が世界同時に塗り替わる波に日本は乗り遅れた。とはいえ、それを後追いするのではなく、もはや次のステージを目指さなければいけない。
次の幕は開きつつある。
マルチスクリーンを超える新しいデバイス環境を迎える。四角いスクリーンを超えたウェアラブル・コンピュータが一般化する。3Dプリンターにより平面ではなく立体がコンテンツになり、映像ではなくモノがコンテンツになる。M2M(Machine to Machine)、IoT(Internet of Things)が進み、クルマも家電もロボットも、すべてがつながって交信する。全てのモノにコンピュータが埋め込まれ、全てのモノがメディアになる。
クラウドネットワークの次世代のネットワークが構築される。5G通信網の上で、ビッグデータが共有され、そこに人工知能が組み込まれて、人を上回る仕事をネットワークがこなすようになる。街のどこにいても、自分の端末がオフの状態でも、情報が目の前を行き交うユビキタス環境となる。それはメディアが細密に埋め込まれたエコで安全な情報都市を設計することでもある。
サービスも急伸する。従来のコンテンツやソーシャルメディアだけではない。
Eコマースは小売全体の5%を占めるまでに成長してきたが、残り95%の領域にも広がり、生活・経済の中心となるのは間違いない。教育のかなりの部分がコンテンツ化し、医療の一部分がデジタル化される。2020年代には、年20兆円にのぼる国内教育コストの1/5程度はデジタル市場になるのではないか。医療コスト30兆円のどの程度がデジタル市場になるであろう。
行政も然り。行政事務をコンテンツ化するオープンデータが進んでいる。地方自治体の年間の予算総額は80兆円になる。そのどの程度がデジタル化するだろうか。巨額の可能性が潜在する。コミュニケーションとコミュニティが進化し、新しいサービスが生まれ続けるだろう。
CiPが展望するのは、そのような時代、そのような状況だ。そうした2020年代のデバイス、ネットワーク、サービスをプロデュースしたい。
1−3 4機能のハブ
融合領域の産業と、教育と、文化を生む、コンパクトなクラスターを形成する。かつて◯◯バレー構想と称するプランが注目されたが、竹芝は、谷ではない。空と海である。羽田から都心に着く浜松町の地のりを活かす。海外からのみなさまをデジタルでもてなす。
東京湾に面する広がりを活かす。東京は、海を持つ首都。アメリカも、イギリスも、フランスも、ドイツも、イタリアも、インドも、中国も、韓国も、首都に海はない。東京は、海を活かそう。港と、水辺と、海面とを活かそう。
東京の各地域をつなぐハブになりたい。渋谷、新宿、池袋、秋葉原、銀座、内幸町、汐留、赤坂、六本木。山手線内の各拠点も音楽、ファッション、アニメ、ゲーム、広告、テレビ、さまざまな集積がある。さらに渋谷でも池袋でも、品川でも、再開発が待っている。五輪に向けて開発も進む。みなデジタルがポイントになる。それらをみなつなぐ。
国内の有力都市をつなぐハブになりたい。コンテンツ特区の札幌、映画・マンガ・アニメ・ゲームが集積する京都、音楽とゲームに強い福岡、国際映画祭を擁する沖縄、その他いろんな町を連結するハブになりたい。
世界の有力都市を結びたい。ボストンや西海岸の大学。ロンドンの研究所やパリのイベント。シンガポールのプロジェクト、ソウルのインキュベーション施設。全てを連結するハブになりたい。
CiPの機能は4つ。研究開発、人材育成、起業支援、ビジネスマッチング。技術を生み出し、人を育てて、それを産業として押し出し、世界にビジネスを広げる。そこから生まれたテーマを研究する。そのサイクルを描きたい。
開発から育成、産業化までを一気通貫で行う。この一気通貫で日本で成功したモデルの存在は知らないが、だから挑戦する。デジタル分野で研究開発から大きな産業に育ったものはある。軍事技術の研究から発生したインターネットがネットビジネスを生んだ。70年代にMITが開発したゲーム技術が日本のゲーム産業を生んだ。
アメリカは大学が存在感を発揮している。スタンフォード大学はSUNマイクロシステムズを生み、Yahoo!を生み、Googleを生んだ。ハーバード大学の学生がマイクロソフトとfacebookを生んだ。MITからはeInkや$100パソコンが飛び出した。日本も、学に発動させたい。
例はある。1960年、東海大学の開局したFM局がその後のFM東京になった。2008年、大阪大学と慶應義塾大学が産学連携で推進した実験プロジェクトがネットラジオのradikoとなった。こういう事案を数多く生み出したい。
研究開発、人材育成、起業支援、ビジネスマッチングの一気通貫サイクル。とは言えCiPが目指すものは、秩序だったクリーンな場ではない。イメージを描いてみるならば、デジタルのおもちゃ箱のような「MITメディアラボ」と、NPO「CANVAS」による子どもの創作プロジェクト「ワークショップコレクション」と、西海岸の起業コミュニティ「500 startups」と、あらゆる分野の連中が交わるカオスな場である「ニコニコ超会議」。そうした機能をコンパクトに一箇所に集めて、365日動かす。集約と融合による化学反応を期待する。そのような学校、工場、そして広場を作りたい。
CiPは、初音ミクになりたい。初音ミクは3つの要素から成り立っている。まず、ボーカロイドという技術。作詞作曲すれば専属歌手になってくれるというテクノロジー。第2にコンテンツ。16歳、158cm42kgのキャラクターのデザイン。
そして第3は、コミュニティ。ニコニコ動画にみんなが参加して育てあげた。作詞作曲してみた。歌ってみた。演奏してみた。踊ってみた。みんなが自分の能力を持ち寄り、育てた。技術、デザイン、そして参加型コミュニティの総合力が日本の強み。これを活かしたい。
1−4 研究開発と人材育成
研究開発は、CiP協議会の理事・会員の提案に基づいてテーマを設定する。ただ、協議会設立前の現時点において、既に10件程度のアイデアが寄せられている。
例えば「超人スポーツ」。ウェアラブルやロボティクスなどの技術を駆使した新しいスポーツを開発する。誰もが超人になれる環境を整備する。CiP協議会と同時期に形成される「超人スポーツ協会」と連携する企画だ。
「次世代デジタルサイネージ」。2020年に向けて、4K8K・多言語で、防災対応のサイネージシステムを開発して整備する。本件は総務省にて研究会が開催され、東京都も熱心な案件だ。竹芝をサイネージ特区にして、ショーケースにする案もある。
「アーティストコモンズ」と「音楽アーカイブ」。アーチストコモンズは、アーティストにIDを付番し、コンテンツやグッズ等が流通・管理しやすいようにする音楽業界によるプロジェクト。そのためのシステムと、データベースを開発・構築し、実証実験を行う。これに連動する音楽と映像のアーカイブを、著作権特区として竹芝に置く案もある。
「IT政策研究」。国際的なIT政策の重要アジェンダを整理し、研究するプロジェクト。本件は既に慶應義塾大学とスタンフォード大学との間で共同研究が進められ、日米の関連企業や政府・国際機関も参加している。これをCiP協議会が受け皿となって引き継ぐ。スタンフォード大学主催の「シリコンバレーモデル研究」の日本側受け皿となる案もある。
このように、技術開発だけでなく、ビジネスモデル、政策研究、教育カリキュラム開発などさまざまなプランがある。理系の案件に加え、法律、経済、デザインその他広範なジャンルのかたがたに協力いただく。
研究を進める中核として、慶應義塾大学メディアデザイン研究科(KMD)は竹芝に拠点を置く計画である。共同研究を進めているスタンフォード大学にも参加を期待する。国内の有力な大学及び研究機関との連携・共同研究を進める。併せて、米国、欧州、アジアの有力大学にもプロジェクトベースでの連携を働きかける。その発展形として、共同研究機構の形成を目指す。
人材育成、教育面でも、KMDをはじめとする大学・大学院に加え、専門学校等と連携して、プロのクリエイターやプロデューサーの育成を図る。
人材育成プロジェクトの第一弾として有望なのは、文部科学省「マンガ・アニメ人材育成事業」。各種学校、関係企業がデジタル人材育成の方策を練っており、カリキュラムの開発を進めている。CiPはその活動及び実証の場として機能したい。こうした活動を、音楽、ゲームその他のコンテンツ領域にも広げていきたい。
CiPの行う人材育成は高等教育だけではない。子どもの表現力・創造力の高さが日本ポップカルチャーを下支えしている。その力をデジタル技術で高めることは日本にとって重要な戦略となる。
NPO「CANVAS」は子どもの表現力・創造力を高める活動を推進しており、最近はプログラミング教育の全国展開を進めている。また、学校教育のデジタル化を進める「デジタル教科書教材協議会」(DiTT)は未来の教室の設計を手がけようとしている。CiPはこれらと連動して、初等教育からコンテンツ人材を育成する手法を構築していきたい。
1−5 ビジネス拠点と政府連携
起業支援及びビジネスマッチングは、理事・会員の意向とアイデアに負うところ大である。CiPは業界横断のコミュニティであるから、情報交換や連携活動を通じたビジネスの生成が本来期待されるアウトプットだ。まずはそのコミュニティ機能を活発にする。
その上で、起業支援に関して、CiPとしてプログラムを形成し、資金の出し手と起業家とのマッチングを行うことが考えられる。
既に、クールジャパン機構、産業革新機構はじめ政府系の資金セクターのほか、金融機関や民間ファンドとの意見交換を始めている。コンテンツやIT分野への投資に積極的な事業会社やエンジェルとも検討を進めている段階だ。CiPとしてファンドを組成することもあり得る。
ビジネスマッチングでも、サロンやイベント、分科会などでの交流だけでなく、具体的なプログラムを形成する。例えば現在、日本動画協会が中心となって、アニメ業界と他の業界とのマッチング策を進めている。こうした活動をCiPとも連動して広げたい。
これら活動は政府・自治体とも連携を図りたい。そこで現在、首相官邸、内閣官房知財本部、総務省、経産省、東京都等と連携策について意見交換を行って。取り分け、竹芝地区は国家戦略特区として位置づけられており、政府に知恵とアイデアを寄せて、これまで日本では実行不可能であったプロジェクトを遂行したい。
特区のアイデアとしては、例えば著作権特区として、この場であれば蓄積・公開できるアーカイブやマーケットができないだろうか。あるいは電波特区として、通信・放送融合実験ができないか。サイネージ特区として、屋外表示規制を解除し、区域一面の大規模な映像表現ができないか。ドローン特区での大規模ドローンレース、ロボット特区での自動運行、超人スポーツ特区でのサイボーグ対戦。全て実施してみたい。
なお、韓国は政府が「コンテンツ・コリア・ラボ」を設立し、コンテンツの人材育成から起業支援までを国費で実施している。一方、CiPは産学連携の構想であり、現時点では資金面で政府の支援は予定されていない。プロジェクトベースで財政措置を要するものがあれば検討することとする。
CiPは、これら全てを行うための場である。1.5haの都有地に39階の業務棟を建設し、ラボや教室、ホール、スタジオといった8,000㎡のコンテンツ向け施設を設ける計画だ。このうち800㎡はCiP協議会が利用するコミュニティゾーンも用意する。これとは別に、現在もあるイベントスペース「産業貿易センター」も存続する。その上にオフィスが置かれる。
エリアの完成は2019年度。プロジェクト開始から5年の期間がある。その間、CiP協議会は精力的にプロジェクトを進める。2015年から活動を始め、2019年度に街開き、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで内外に発信する。
街開き後は、内外のプレイヤーを集結し、研究開発機構も整え、国際的な拠点として注目を集める場としたい。