2022.03.16
デジタル政策フォーラム「ウクライナ侵攻とデジタル技術に関する教訓」を発表
CiP協議会が特別協力するデジタル政策フォーラムが「ウクライナ侵攻とデジタル技術に関する教訓」を発表しましたのでお知らせします。
広く産学官の知恵を結集することを目的として2021年9月に設立された「デジタル政策フォーラム」は、有志にて「ウクライナ侵攻とデジタル技術に関する教訓」を発表致しました。
Web公開先 https://www.digitalpolicyforum.jp/
ウクライナ侵攻とデジタル技術に関する教訓
2022年3月16日
デジタル政策フォーラム有志
国際平和は世界の人々が希求する最も尊いものであり、今般のロシアによるウクライナ侵攻は、いかなる観点からも、断じて許容されるものではない。その前提に立ちつつ、デジタル政策フォーラム(DPFJ)では、今回のウクライナ侵攻におけるデジタル技術に関連する事例の収集を続けているが、こうした事例から得られる課題を整理し、DPFJにおけるデジタル政策を巡る議論(デジタル政策に関する5つの検討アジェンダ[1])へのインプットとして活用するとともに、広く今回の事案やデジタル政策を巡る議論の材料の一つとして公開することは重要かつ有益であると考える。なお、ウクライナ侵攻は継続中であり、今回の文書は引き続き内容の更新を図っていくこととする。また、本文書はDPFJの総意によるものではなく、その趣旨に賛同する有志により作成されたものである(有志の氏名等は末尾に記載)。
DPFJは、今後こうした議論について国内に閉じることなく、広くグローバルなステークホルダーの参画を得ながら積極的に取り組んでいく。
論点1:ハイブリッド戦におけるデジタル技術の活用のあり方
デジタル技術が国の神経系の基盤となっている今、紛争の前段階から物理的な攻撃が行われる段階まで継続的にサイバー攻撃が行われ、偽情報による世論操作を試みる動きが従来以上に活発に行われている。
例えば、ロシアによる侵攻が行われる前段階でウクライナに対するDDoS攻撃が著しく増加するなどの傾向が観察されたり[2]、偽情報(特に偽動画)による世論操作を画策する動き[3]が非常に多く見られる。なお、偽情報の流布は情報の真正性(integrity)を損なうものであり、サイバー攻撃の一形態であると考えられる。
以上を踏まえ、ハイブリッド戦(グレーゾーン事態)のもたらす課題は、サイバー空間とリアル空間の双方において、平時から非常時に向け連続的に推移していく中、情報共有などの官民連携をどのように継続していくのか、事態のエスカレーションを誰がどのように判断して非常事態への対応体制を構築していくのか、国としてのサイバー防衛全体の体制をどう整えるのかという点を検討する必要がある。
論点2:平時及び非常時における偽情報対策の強化のあり方
今般流布している偽情報や偽アカウントの中には国家の関与が疑われるものやAIで自動生成されたもの[4]が多数含まれているとともに、侵攻前の段階で偽情報が既に作成されていたとの指摘も多い。こうした指摘は英国べリングキャット[5]のようなファクトチェック組織が既存メディア等と連携しつつ調査した客観的なエビデンスに基づいている[6]。
他方、ロシア国内においてはフェイスブックなどのSNSへのアクセスの遮断など、ネット接続を大きく制限する動きを見せている[7]他、ロシア軍の動向に関する「偽情報」の流布を禁止する法律が成立・施行[8]され、これを受け、旧西側メディアが活動を停止もしくは縮小する動き[9]がある。また、「偽ファクトチェック動画」を拡散させようという動きも見られる[10]。
以上を踏まえ、偽情報の流布については法律による一律の規制は適切ではないものの、非常時において国家の関与が疑われる偽情報を遮断・抑制(注意喚起や警告表示によるラベリング、リツイート禁止、表示抑制など)する仕組みや、安全保障の観点から国として偽情報を分析する仕組みなど、その是非を含め検討すべき課題は多い。なお、こうした検討に際しては公共性と国民の権利保護の双方を念頭に置かなければならない。平時における偽情報の取り扱いは共同規制(co-regulation)を原則とすることが妥当であり、非常時といえども法的規制を一気に拡大することは慎重を期すべきである。
また、公益性を有する民間のファクトチェック組織に対する民間支援の拡充策(例えば寄付税制の拡充)についても検討が求められる。
さらに、AIを活用した偽情報の選別や信憑性の判定支援などの技術開発への積極的な支援とその成果の普及の促進も政策として考えられる。
いうまでもなく、論点2の取り組みについては表現の自由・報道の自由との適切なバランスに配慮する必要がある。
論点3:紛争地域におけるデジタル技術活用のあり方
今回の事案の動向を見ると、デジタル技術を活用した新たな取り組みや検討課題も生まれてきている。論点2で触れたように、ファクトチェック組織における偽情報の解析にはファイルの作成日時などの検証、衛星画像との突合によるエビデンスの収集などが行われている。また、OSINT(Open Source INTelligence)を活用したウクライナ国内における発生事案のマッピング[11]などによる「被害の可視化」などが行われている。さらに、スペースX社による衛星ブロードバンドサービス(スターリンク)の提供[12]なども迅速に行われている。
加えて、ロシアに対する経済制裁として、ロシアの一部銀行を国際決済システム(SWIFT)から締め出す措置を講じられている他、ウクライナに対してはマーケットプレイスを通じてデジタルコンテンツにNFT(Non-Fungible Token : 非代替性トークン)を付与して金銭的な支援を行う動き[13]なども見られる。
ちなみに、衛星ブロードバンドサービス提供はSNSを通じてウクライナ政府から直接スペースX社に対して要請が行われている。またウクライナ政府はロシアにおけるSNSサービスの提供を停止するよう大手SNS各社に呼びかける[14]など、政府から民間部門各社への個別の呼びかけが行われている。
以上を踏まえ、「被害の可視化」は行き過ぎた侵略行為の見える化(正確で虚偽のない見える化を通じた透明性の確保)と国際世論の喚起に繋がっている面がある一方、攻撃対象の特定に繋がる危険性を兼ね備えている。その意味で、非常時における現地での情報公開のあり方(SNSなどを含む)について検討していく必要がある。
また、デジタル技術を活用した経済支援や経済制裁についても検討すべき課題が多い。例えばSWIFTからの締め出しは(アカウントの停止などが困難な匿名性の高い)暗号資産へのシフトを加速化するのではないかといった指摘[15][16]がある。
加えて、紛争相手国のネット遮断を制裁措置とすることは、当該相手国において民衆が内外から正しい情報を得るなどの手段を制約し、正しい情勢判断ができなくなる点から適切とは言えない面がある。
さらに、そもそもAI、ドローン、ロボットなどを軍事利用することの是非そのものも問われなければならない。
他方、前掲のNFTを活用した経済支援など、従来は見られなかった動きも登場しており、まさにデジタル技術の活用について新たな手法が出てくることが期待されることから、こうした取り組みを促す方策も政策として考えられる。
なお、ロシア国内におけるデジタルサービス・商品の提供を停止する動きが米国企業において相次いでいる[17][18]が、こうした動きが民間企業による個別判断として行われることが適当なのか、あるいは政府の外交戦略の枠組みの中で経済制裁(デジタル制裁)の一部を構成することが適当なのかについても、今後検討が必要である。
以 上
[1] https://www.digitalpolicyforum.jp/about
[2] https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2202/26/news086.html
[3] https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/debunk-ukraina
[4] https://gigazine.net/news/20220301-ai-made-sns-pic/
[5] https://www.bellingcat.com/
[6] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFH231ER0T20C22A2000000/
[7] https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220227/k10013503361000.html
[8] https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-03-04/R88AHVDWX2PV01
[9] https://www.jiji.com/jc/article?k=2022030600335&g=int
[10] https://news.yahoo.co.jp/byline/kazuhirotaira/20220310-00285741
[11] https://maphub.net/Cen4infoRes/russian-ukraine-monitor
[12] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN270KQ0X20C22A2000000/
[13] https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58907180Y2A300C2EE9000/ 会員限定含む
[14] https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58612800X20C22A2TB0000/ 会員限定含む
[15] https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58766720T00C22A3EE9000/ 会員限定含む
[16] https://forbesjapan.com/articles/detail/46121/1/1/1
[17] https://www.reuters.com/business/microsoft-suspends-product-sales-services-russia-2022-03-04/
[18] https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2203/09/news124.html
【デジタル政策フォーラム有志】
■DPFJ発起人
喜連川優(大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立情報学研究所所長、東京大学特別教授)
須藤 修(中央大学ELSIセンター所長 中央大学国際情報学部教授、東京大学大学院特任教授、東京大学名誉教授)
徳田英幸(国立研究開発法人情報通信研究機構理事長、慶應義塾大学名誉教授)
中村伊知哉(iU学長)
堀部政男(一橋大学名誉教授)
■DPFJ賛同者
石戸奈々子(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
板倉陽一郎(ひかり総合法律事務所弁護士)
江崎 浩(東京大学大学院情報理工学系研究科教授、WIDEプロジェクト代表)
小田切未来(東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員)
河島伸子(同志社大学経済学部教授)
菊池尚人(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授)
クロサカタツヤ(株式会社 企 代表取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授)
國領二郎(慶應義塾大学総合政策学部教授)
境 真良(独立行政法人情報処理推進機構参事、iU准教授)
庄司昌彦(武蔵大学社会学部教授)
実積寿也(中央大学総合政策学部教授)
砂原秀樹(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
曽我部真裕(京都大学大学院法学研究科教授)
寺田眞治(一般財団法人日本情報経済社会推進協会主席研究員)
谷脇康彦(一般社団法人融合研究所顧問)
中村 修(慶應義塾大学環境情報学部教授)
西田亮介(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)
林 秀弥(名古屋大学大学院法学研究科教授)
村上文洋(株式会社三菱総合研究所 デジタル・イノベーション本部 主席研究員)
渡部俊也(東京大学未来ビジョン研究センター 副センター長 教授 執行役・副学長)
<本件に関するお問い合わせ先>
デジタル政策フォーラム 事務局
菊池尚人、平田博子
Tel: 070-1183-0378
dpfj@yougolab.jp
https://www.digitalpolicyforum.jp/