2018.08.20
ぎゅぎゅっとてんこ盛り : 第9回 稲見昌彦さん
---コンピューターやクラウドシステムと一体化して使っていけるようになることが「人機一体」。---
ーー 「人機一体」とはどのようにして生まれたのでしょうか。また、稲見先生が考える人機一体について教えて下さい。
稲見 「人機一体」は、「人馬一体」に由来しています。
昔は、馬を扱える人は限られていて、遊牧民族のように小さい頃から馬と一緒に育ってきた人たち以外は、馬具などを付けていない馬に乗れませんでした。鞍などの馬具が登場してきたことによって、多くの人が馬に乗れるようになりました。それにより馬を乗りこなすことが容易になり、人と馬が一体になっているかのような状態を人馬一体といいます。
我々人間は既に馬以外にもいろいろなものと一体化してきたのではないでしょうか。例えば、メガネ。視力が悪い人はメガネを外すと、視界が不明瞭で転んだりするかもしれません。メガネ以外にも、裸足で外を歩くと怪我をする可能性があるので靴も履きますよね。このように我々は身に付けたものを自分の身体の一部として自由に扱うことができます。
同じように、今後、多くのコンピューターや、そのクラウドシステムと呼ばれるものも、人と一体となったかのように使えるようになるという考え方が「人機一体」なのだと考えています。
また、これから「人機一体」が活用されるであろう産業や文化は非常に幅広いと考えています。現実世界で体を使っている仕事や作業、例えば、農業、介護の世界で、足腰が弱った人たちに対して機械やロボットがそれをサポートする、といったものがまず一番でしょう。しかし、そこだけにこだわるつもりはありません。例えば、人機一体によって、これまでスポーツが苦手だった人が得意になったりするようなことがあっても面白いですよね。
ここまで、現実における身体と機械の話をしてきましたが、コンピューターの中における人機一体の状態もあると考えていて、それが現在流行している「Vtuber」です。特に良くてできたVtuber用のツールは、頭や手の動きを取り込んでいるだけで、まばたきをしてくれたり、声に合わせてリップシンクして動くことは、まさに人機一体だと言えます。
このように、今後様々な分野で人機一体が始まってくると想定するならば、エンターテインメントやコミュニケーションの場面でもどんどん使われていくようになるでしょう。そのような新しい表現活動は、メディアアーティストのステラークや、明和電機さんなどが行ってきました。今後もそのような場面で人機一体的な視点が拡大するかもしれません。
ーー 人機一体というキーワードに至るまでのきっかけのようなことはあったのでしょうか。
稲見 僕の師匠の前田太郎先生は、人とロボットが一体になるような状態を「人ロボ一体」というような言い方をしていて、僕はそれを「人機一体」に置き換えて使い始めました。今では「株式会社人機一体」という会社も作られているようですので、私以外にも同じようなことを思いつかれたかたもいらっしゃると思います。言葉の使用権は僕にあるわけじゃないので、みんなで使ってくれれば嬉しいですね。
---体を自動的に動くシステムと、意図的に動かすシステムを切り替えることは人機一体!!---
ーー 機械を使いこなせるようになるためには、自分で操作ができるような感覚が大切なのでしょうか。
稲見 正確にいうならば操作している「感じ」ですね。それが、まさに「エージェンシー(行為主体性)」でしょうか。人間の身体性は2つに分けられていて、一つは「エージェンシー」、もう一つが「オーナーシップ(自己主体感)」です。
「エージェンシー」は、例えば手やペン先、マウスなどを動かすと自分で動かした感がきちんとある、使っているものが自動的に動いている感がなく、自分の身体の一部になったかのような感覚のことです。
もう一つの「オーナーシップ」は、体の力を抜いている状態で別の誰かに手を動かされても、その相手に乗っ取られたような感覚はなく自分の体としての感覚がありますよね。その2つに分けて考えると、人機一体も設計しやすくなると言われています。
一方で、実はもう我々の体の中で、既に人機一体のようなことは起こっています。我々は心臓の動きを、エージェンシーを持って自分で操作している感じはなく、努力しなくても勝手に動いてくれますよね。呼吸するときはどうだろう。普段は意識してないし、反対に意識して吸うこともできますよね。他に、胃や腸には「腹の虫」という言葉が昔からありましたが、それは単なる比喩ではなく、昔は本当にお腹の中に虫か何かがいると考えていたかもしれない。我々は体の中に自動的に動く運動システムみたいなものを持っていて、有機生命体であるところの人機一体は達成していると言えます。
また、人には自動的に動くシステムとそれを意図的に動かすシステムをシームレスに切り替えるというスキルが既に備わっているため、歩きスマホのようなことだってできる。歩きスマホや呼吸をするようにシステムをシームレスに切り替えることが、身体の中だけではなく身体の外側に対してまでできるようになることこそが人機一体が実現できているということだと考えます。
---体が変わると気持ちが変わる?能力のありかは関係性の中に?のび太も能力を発揮できる社会を実現する事も可能!?---
ーー 自在化身体プロジェクトでは、設計した自在化身体および、それがもたらす心と社会の変容を、実社会とバーチャル社会において検証されるとのことですが、心と社会の変容とはどのようなものを想定されているでしょうか。着目された経緯も含めて教えてください。
稲見 心と社会の変容はどういうことか。人機一体によって、自在化身体という新しい身体を手に入れたときに、今までできなかったことができるようになる時に、きっと心も影響を受けるんじゃないかと考えるようになりました。
大きな車に乗ると、気持ちまで大きくなる人っていますよね。それは、身体性が車によって拡張されたことによって、性格に影響した例だとも考えられます。例えば女性でしたら、ヒールを履いているときと履いていないときではモチベーションが変わるかもしれないし、服やメイクによって性格も変わるかもしれません。コスプレだったらもっと変化が大きいのではないでしょうか。身体と心は、それぞれ独立した存在と考えられているけれども、実は切っても切り離せないものであると考えます。
もう一つ、社会との話で、僕自身が超人スポーツをやっていて最近思うようになったことがあります。「超人」というキーワードを使ったり、人機一体で能力拡張という言い方をすることがありますが、一体「能力」っていうのはどこにあるんだろうと考え始めたのです。
超人スポーツの中で電動バランススクーターを使ったHover Crossという球技があります。この競技、僕が一番強かったんです(笑)。でも、僕はスポーツが本当にめちゃくちゃ苦手なんです。この競技はとにかく敵から逃げることが勝利の秘訣です。それって面白いと思いませんか?その時僕が感じたことは、スポーツが苦手だったのではなく、今までの競技が苦手だったということでした。
スポーツの定義が、ルール(法則)と空間という決まりの中で、いかに最適な解を導くことであるとするならば、バスケットが得意な人が、陸上も得意とは限らないわけです。能力とは自分の中にあって、自らの身体能力や思考が能力だと考えていたけれど、実は自分と環境との関係性の中に能力があるのかもしれないと考え始めました。
ドラえもんの映画で「のび太の宇宙開拓史」って見たことありますか?
地球より重力の小さな星にのび太たちが行くと、その星のみんなは重力の弱い環境で育っているので力が弱く、地球では弱いのび太がその星では一番強いという話が出てきます。
のび太が地球以外の環境に行ったから強くなるということは何を意味しているか。
今までは自在化身体によって身体を拡張するということを考えてきましたが、自分と相手、自分とコミュニティとの間に能力があるならば、バーチャル空間などでその人にとって心地よいコミュニティーを作ったりすることで、その人が能力を発揮でき、自分自身をポジティブに考えられるような社会っていうものをどんどん作ることができるかもしれないということを考え始めました。
昨日できなかったことが明日にはできるようになっていると、これらがずっと続く未来に希望を持てるかもしれない。
ここまで二つの話をしてきました。
一つは、身体が変わることで心が変わるかもしれないということ。
もう一つは、社会をバーチャルとうまく組み合わせて、もしくはバーチャル空間の中に社会を作ることで、今度は個人の能力も拡張したような感覚を得られるかもしれないということ。
その時々にそれぞれの、個々の人にとって社会の捉え方というのは変わるかもしれませんというような話をしました。
ーー 検証する場として、実社会に加えてバーチャルを挙げている理由を教えて下さい。
稲見 リアルな世界の対立概念としてバーチャル世界という区分をしているのはもう10年前ぐらいの話です。現在は、バーチャルな世界って一人に100個ぐらいあってもいいのではないでしょうか。
リアルかバーチャルしかないということは、制服とジャージしかないような状態。それ以外の服をたくさん持っている場合もありますし、もちろんチェック柄しか持っていない場合もありますけれどね。あ、僕の今日服チェックだ!(笑)
でも、自分の身体のように、世界も着替えるような「バーチャル多チャンネル時代」は、必ずきます。
現実世界は、そこがなくなると自分の存在までもなくなってしまう危険性がありますが、多チャンネルの中のにおいて、なんとなく信頼できて、何かあったときに戻ってくるかもしれないところだと捉えています。現実世界におけるコミュニティは、既に似たような人たちが集まっていたり、もしくは全然違うけれど同じことに興味を持っている人たちが集まっているような都市と括ってしまうと、新しいテクノロジーも含めて受け入れるか受け入れないかが問題になり、かえって実験の精度が悪くなるかもしれません。
バーチャルだと、空間をテーマや用途に分けてゾーニングしやすいので、バーチャルコミュニティーは何かを好きな人たちが集まるコロニーになっている可能性もあります。そういう意味では有志の人たちを受け入れるバーチャルコミュニティーがあった方が実験を行いやすいかもしれないですね。
また、場合によっては著作権特区などをつくり、組織の中で構築されたネットワーク環境で自由にコンテンツが流通できる巨大イントラネットみたいなものを作って、そこではコンテンツが自由に流通させることができると良いですね。CiPは竹芝を特区にするというプロジェクトをしていますが、それは物理的な世界の話ですよね。バーチャル特区などもできると色々面白い試みができるのではないでしょうか。何でもできたりするような場があると、クリエーションは加速するのか、低下するのかというところも含めて、社会実験をしてみるといいかもしれない。それは実世界よりもバーチャルの方がやりやすいし、失敗したらやり直せます。
ーー バーチャルだと、社会ごと作り直しができるからということですか?
稲見 だってゲームは、例えばIngressが廃れ始めたらPokemon GOに移動して、それが廃れたら、また別のことができますから。
---「着て行くアバターがない!」バーチャル世界で生まれた新しい倫理観とは。---
ーー 人体において、機械が拡張していい部分としちゃいけない部分との線引きはありますか?
稲見 それが分からないから実験をします。
ただ、いまの世の中でやる上ではハードルが高いと感じるのが、侵襲性のあることですね。つまり、医師免許が必要なことはあまり触れないようにはしています。僕は元々バイオテクノロジーの研究をしていましたが、クローンを作るよりもバーチャルで作って実験をした方がいいかもしれない。
倫理的に危険な問題の一つとして、お金持ちが自分のクローンを作り、自分の臓器として必要になったときに移植することだと言われています。
これが、バーチャルの世界だったら実際に移植をしなくても、色々な実験を通じて、その中で新しい倫理も見えてくると良いですね。
最近面白いのは、VRチャットで、「着て行くアバターがない!」という現象があるんです。チャット上で、ある人のアバターをみんなで使いまわして着ているんですが、その本家の人が来るとみんなアバターを変え始めるわけです。それまで楽しくコミュニケーションとっていたのに、本人が降臨すると失礼な気がして、着替え始める現象はなんだか新しいマナーですよね。今までのバーチャルリアリティーの部分は、技術の話でした。それがVRチャットやVtuberが出てきて、ようやく文化の話になりました。CiPのターゲットになるようなところになってきたんじゃないでしょうか。今、VtuberとかVRチャットをフィールドワークすると新しい研究ができるようになるかもしれないですね。
機械が拡張していい部分としちゃいけない部分の線引きはあるかどうかと言われると、まだ分かりません。もっといえば、それが線かどうかも分からない。だから、実際に世の中に実装されてからだと手遅れなので、バーチャル特区や、バーチャルレギュラトリー・サウンドボックスみたいなところで、きちんと問題点を洗い出しをしておくことが大切です。
ーー 研究機関は2017年〜2023年となっていますが、中間地点にあたる2020年にはどのようなマイルストンを設定されていますか。
稲見 2020年ではテクノロジーとしての自在化身体の可能性を示します。超人スポーツは自在化身体の社会実装の一つに位置しています。今の超人スポーツは、今あるテクノロジーを使って作っていますが、将来的にはハイテクな先端技術を使った新しいスポーツも出てくるかもしれません。これを2020年では、誰もがプレイできるまでにはなっていなくても、その可能性を信じられるような超人スポーツ大会や超人エキスポのような成果を発表したいです。
ーー 最後に関心のあるコンテンツはありますか?
稲見 Vtuberでしょうか。おじさんも夢中になりますから。
Vtuberはおじさんにもできますが、チャットでなりきるっていうのは女性の方が得意かもしれません。
海外ではVRチャットのセクハラがあるようで、男性が初めて被害者側になって、「あ、こんなこと、やっぱりやっちゃいけないな」と自覚したみたいです(笑)。
相手の気持ちになって考えるということが、このような体験でわかるようになるので。さきほどの能力の話ではないですが、何がハラスメントになるかは相手との関係性によって変わってきます。変身することによって相手の立場に立ち、気持ちを理解することで、世の中は良くなるかもしれません。
稲見 昌彦
JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト 研究総括 博士(工学)。東京大学助手、電気通信大学講師・助教授・教授、マサチューセッツ工科大学コンピューター科学・人工知能研究所客員科学者、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授等を経て 2016年より現職。自在化技術、Augmented Human、エンタテインメント工学に興味を持つ。光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。米 TIME 誌 Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会発起人・共同代表。VR コンソーシアム理事。著書に『超人スポーツ誕生』(NHK 出版新書)。